前回、前編としてチョコレートの歴史を中心にお話ししましたが、後編の今回は美味しさの決め手となる作り方を中心にお話いたします。
「シンプルな原料」と「ちょっと複雑な作り方」
チョコレートの原料は、基本的には「カカオの豆」とサトウキビやテンサイから作られる「砂糖」です。
①「発酵・乾燥」
作り方を簡単に説明すると、カカオの実を採取後、まずは「発酵」させるため糖分が含まれるまわりの果肉ごと貯蔵します。発酵させることでカカオの渋みが減り、香りの元になる成分が生まれます。
発酵が終ったカカオ豆は「乾燥」した後、チョコレート加工工場へ送られます。
②「焙煎(ロースト)・粉砕」
加工工場では、カカオ豆を「焙炒(ロースト)」して独特の風味と香りを引き出し、その後に種皮などを取り除き、「粉砕」します。
こうなったものを『カカオマス』と呼び、チョコレート独特の味や香りのもととなる原料になります。このカカオマスがチョコレートの原料として販売され、いろいろなチョコレート製品のパッケージの原材料名欄に記載されることも多いです。
③「混合・成型」
その後、この『カカオマス』と『砂糖』を、別に用意しておいたカカオマスを搾って取り出した『カカオバター』を溶かしてつなぎに使い、混ぜ合わせた後に再度固めることでチョコレートは出来上がります。
『カカオバター』とはカカオ豆を粉砕したカカオマスを搾って、固形分と油脂分とに分けたうちの油脂分のことで、カカオマスの55%ほどを占めます。この油脂分の『カカオバター』がチョコレート誕生と美味しさの一つ目のポイントになります。
美味しさの一つ目のポイント
~「口どけ」を生む特殊な油脂『カカオバター』
固形のチョコレートはカカオバターなくしては作れなかったといっても過言ではありません。
カカオバターはカカオ豆に含まれる油脂分を取り出したものですが、固形から溶けて液体になる際のその溶け方に特徴があります。
種類にもよりますが固形のカカオバターは28℃から33℃で一気に溶けて液体になります。他の油脂で比較すると、牛乳から作られるバターもそのくらいの温度帯で溶けますが、バターの場合は冷蔵庫内など低温でも、やわらかい状態です。
じつはバターは低温でも固体である結晶と、溶けている液体が混じっている状態で形を保っているのです。そのため指で押せば簡単に形が変わります。
それに比べ、カカオバターは低温では結晶を保ち固形で固く、25℃を超えたあたりから溶けだし、35℃では、ほとんど溶けて液体となります。
その温度帯がちょうど、固形のチョコレートが開発されたヨーロッパで「外気温で固形、口に入れると溶ける」という絶妙の温度帯だったのです。
美味しさの二つ目のポイント
~「なめらかさ」を生む特殊なⅤ型結晶作り『テンパリング』
さらに、溶け方にも特徴がありました。
チョコレートを作るにはカカオバターを溶かし、そこにチョコレートの味や風味の元となるカカオマスと砂糖を混ぜた後、温度を下げてカカオバターを結晶化させ固形にします。
その際、結晶化させる温度帯によって結晶の形がかわり、結晶の形によって食べたとき、口の中での溶け方が微妙に変わるのです。
カカオバターの結晶には比較的低温で結晶となった時にできるⅠ型から、一番高い温度で結晶となった時にできるⅥ型まで6つの型があり、その中でも30℃から31℃で結晶ができ始める「Ⅴ型」が一番滑らかな口どけになります。
加熱して溶かしたカカオバターを急速に冷やすと低い温度で結晶ができる型となり、常温でもベタベタとして、溶ける温度も低いものになります。
逆にそのままゆっくり冷やすと、高い温度で結晶化が始まるⅥ型の型になり、溶ける温度も比較的高く口どけもなめらかさに欠けます。
そのため、「テンパリング」と呼ばれる技術でチョコレートの結晶はつくられます。
テンパリングとは、まず溶けた液体のチョコレートを一度25℃~26℃に冷やし、またすぐに温度を少し上げ30℃~31℃で数分保ちます。そこでⅤ型の結晶の種をつくり、その後は徐々に温度をさげてⅤ型の結晶を全体に広げるという技術です。
その際、温度管理と同時に「攪拌すること」と「砂糖などの粒子を加えること」でⅤ型結晶の生成が促進されるのが分かっているのです。
美味しさの三つ目のポイント
~ 豊かな香りと苦み、そして甘みの『ハーモニー』
カカオの実は「発酵」させることで、香りの元が生まれ苦味が減り、「ロースト」することで豊かな香りが立ってきます。
その豊かな香りや軽い苦味を味わうために砂糖の甘みが役立っています。
甘さがあるから口の中でゆっくり複雑な奥深い香りを幸福感とともに味わえます。
本格的なチョコレートは苦味や豊かで複雑な香りを楽しむために甘みが役立っていると言えます。
あるいは少しの苦味や香りで、より一層の至福の甘さを味わうのもチョコレートの楽しみ方ですね。
チョコレートの美味しさは豊かな香りと苦み、そして甘みのハーモニーによって生み出されているのです。
3000年以上前に高貴な人のための苦い飲み物から始まったチョコレートも現在は身近にさまざまなものがあります。
カカオと砂糖の配合割合の違いやカカオの産地の違いによる香りの違い、高級なものから手軽に買えるものまであって、チョコレート飲料も残っています。
ときにはゆっくり口の中でチョコレートが溶けるのを感じながら、あわただしい日常をほんのひととき忘れ、拡がる香りと複雑な味を楽しんでみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
『チョコレートの歴史』ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ 著(河出書房新社)
『チョコレートはなぜ美味しいのか』上野 聡 著(集英社新書)
『科学でわかるお菓子の「なぜ?」』辻製菓専門学校(柴田書店)
『チョコレートを美味しくする物理』大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
https://www.kek.jp/ja/newsroom/2013/02/12/1000/
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